ジャック・ケラワックの『路上』という小説がある。かつて編集者だった頃の中平卓馬が森山大道に薦め、甚く気に入った本だ。そして森山大道は路上を撮り続けることになった。
「ルート」という言葉には、すでに出来上がった道を辿るという意味が強いが、「路上」には未知の世界があって、出会いがある。ルートから外れたときにこそ、新しい出会いがあるのだ。そこは知らない道だ。迷いながら進むしかない。時には途切れることもあるだろう。ズボンやシャツをひっつき虫だらけにして歩く。自分だけのルート。
かつてルート196だった県道の気になった脇道に入ると、行き止まりに田園風景が広がる。40年近くにもなるだろうか、友人たちと堀江海岸の夜光虫を見にいこうと、夜遅くあぜ道を原付バイクで走った覚えがあるのは多分この田園だと思う。真っ暗なあぜ道に少女がたたずんでいたと騒いだ覚えがあるが、思春期の男子だけに見える幻影だったのだろう。今は整備され、あぜ道という感じではなくなっている。そこに少女がたたずむことはもうない。
堀江海岸の夜は今も光っているのだろうか。





